11月12~13日、渋谷ヒカリエの特設シアターに、サカナクションの楽曲「Aoi」が響きました。いま“世界最高峰”の映像技術8Kを3Dで、さらに立体音響で仕上げたスペシャルなコンテンツです。ハリウッドも凌駕するテクノロジーを武器に生み出された新たな「体験」とは? 演出・制作を担当した立花プロデューサーのリポートです。
渋谷ヒカリエでの上映に足を運んでくださった皆さま、ありがとうございました。
いちばん大事なことを、忘れないうちにまず書いておこう。
それは今回のコンテンツ制作の目的。
NHKエンタープライズといえば放送番組の制作がコアの仕事だけど、今回は放送とはまったく別のシチュエーションを念頭に、「8K」や、「3D」、「22.2ch立体音響」というテクノロジーを広く知ってもらうことが狙いだった。イノベーティブな活用を皆さんと一緒に考えるキッカケにしたいと考えている。
例えばどんな風に使えるのか。僕たちが今のところ考えつくのは、メガ・イベントなどのショー演出、プレミアムな空間演出、国際的なミュージアム展示、新感覚のプラネタリウム、あるいは企業や公共団体向けにも、大掛かりな広告やプレゼンの場面などで効果的に使えるかもしれない。
それにしても、この文章を書くにあたって、ひとつ気が重いことがある。上映した内容がどんなものだったのか、簡単にでもこの場で紹介しておくべきなのだが……。なにしろ実際に上映会場でご覧いただけた方は4,000人に満たない。けれども、実際に体験していただく以外の手段で、「8K」の映像がどんなものかなんて表現できそうにもない。ましてや今回は「3D」映像だ。「22.2ch立体音響」にいたっては、たぶん、言語化のしようもない……。
ああ、困った。すみません。逃げるようだけど、PR用に最初に考えたキャッチコピーを引用することにしよう。
「実物と映像との区別がつかなくなるほどの未来的な空間を体感していただけます」
これが実際にどういう風に「体感」されるのか、これ以上お知りになりたい方は、SNSで8K3Dやサカナクションを検索して、上映をご覧いただいたお客様のナマの感想を探してみてください。
なかなか信じてもらえないと思うけれど、「こんな映像を見られる未来がもう実現していたとは!」「音を聞いているのではなく、音のなかにいる気がした」「自分がライブステージにいると錯覚するような不思議な感覚でした」というのが、ご覧いただいた方の感想だ。
さて、僕たちNHKエンタープライズの制作チームは、プロジェクトを始めるにあたって、1つのコンセプトを考えた。
8KはもともとNHKの放送技術研究所が、ハイビジョンの次のテレビ映像規格をさぐる基礎研究からスタートした。「美しい光景を映像として完璧に再現したい」という欲求に応えるため、20年にわたって様々な研究が続けられ、8Kという映像フォーマットにたどり着いた。解像度はハイビジョンの16倍ある。2016年には、いよいよ試験放送が始まろうとしている。
だけど僕たちは、新しい使い方をすることにした。目指すは、なにかを再現するのではなく、世界のどこにも存在しない不思議な空間を作り出すこと。私たちの脳のなかに、あたらしいテクノロジーを使って、これまで感じたことがないイメージを作り出すこと。普段の8Kが、今回は3Dに広がったことも十分に活かした、サカナクションのライブ会場とは違うけれど、なにか心をワクワクさせ、楽しませる、“バーチャルでリアルな”体験。
このコンセプトから、リアルとバーチャルが交錯する映像コンテと、音響演出プランを立ち上げていった。今回の作品タイトルに「Aoi」と「碧」を重ねたのも、こうした二重の世界をつつむコンセプトが反映されている。
とまあ、実はこういう意気込みをもって、僕らは実験的な試みにこぎ出しはじめた。
サカナクションにこのプロジェクトへの協力をお願いしたのは、山口一郎さんの「僕は未来の音楽に嫉妬したい」という言葉の裏にある大きな視野、そしてNHKスペシャル「NEXT WORLD 私たちの未来」で偽りのない姿勢を知ったから。僕はちょうど1年前、ディレクターとしてこの番組を担当していた。ちょうど取材のため海外で苦しんでいたときに「REMIX作業の途中段階ですが」という断りつきで届いたテーマ曲「グッドバイ」の、あまりの挑戦ぶりに、気持ちが奮い立った。「30年後の音楽を演奏してください」という大胆な注文に全身で応えてくれようとしていることに深い敬意を覚えた。今回もまた、僕たちの手探りの依頼に、チームサカナクションは「未知のことこそ面白い」と楽しむように応じてくれた。
そして“挑戦心”は飛び火する。技術を担当したNHKメディアテクノロジーだ。今回の制作は彼らの深いノウハウと経験なくしては実現しなかった。
3D映像のステレオグラファー(立体設計)と全体のテクニカルディレクターを担った斉藤晶さんは、NHK番組の制作の傍ら、20年にわたり3Dコンテンツの制作を続けてきた。例えばリグと呼ばれる3D撮影用の特殊装置の開発から指揮しているのだ。大阪城ホールでの一発撮影が神業のように見事に成功したのは、斉藤さんの綿密な計算と、現場での徹底した確認作業による。さらに上映に関しても、機材の選定、スクリーンサイズ、シアター設計の責任を一手に引き受けた。
ポスプロ(編集・合成等)担当の田畑英之さんと近藤貴弓さんの2人は8K制作の経験が豊かで、今回も1秒間あたり10ギガという猛烈なデータ量にひとつも物怖じすることなく、パーフェクトな段取り力で、長時間に及んだ合成作業を崖っぷちギリギリで切り抜けた。3D映像は特殊メガネ無しで見ると左右が混じったブレた映像に見える。だが2人はいまや、メガネなしで見ても、頭の中に立体映像が浮かぶそうだ。
音声担当の山口朗史さんは、22.2chのミキシングを10年以上手がけてきたこの分野の第一人者。
これまで音楽モノでマルチスピーカーといえば、コンサートホールの音響を「再現」するために使われてきたが、今回は発想を変えてもらうことにした。僕たちがテーマに掲げたのは「未知の音響体験の創出」。というわけで山口エンジニアは、同僚の青山真之さんと知恵を絞った結果、音がシャワーのように降り注ぎ、全身が包み込まれるような空間を誕生させた。
上映会場の音響設計・設営も彼らが手がけている。
そして立体音響を駆使したサウンドロゴを作ったのは、サウンドアーティストの evala さん。コンピュータープログラムで音を構築する奇才だ。複数台のスピーカーを使うことで「これから新しいポップミュージックが生まれるはず」というのが、evala さんのビジョンだ。今回その予感はたしかに感じられた。僕はぜひ、未来の音楽を聞いてみたい。仕事を一緒にするのは初めてだったが、制作チームにお誘いできて、本当によかった。
最後に僕たちNHKエンタープライズの役割について改めて記しておきたい。
トータルの企画と映像設計、ロケ、収録、演出、CG制作指揮、レーザーを含む会場空間演出、さらに多岐に渡るワークフローの開発とマネージメントは、デジタル・映像イノベーションの田邊浩介エグゼクティブ・プロデューサーと僕が担当した。たった2人の制作部で、あれもこれも分担した。田邊プロデューサーは「愛・地球博」で3Dコンテンツを演出した経験があり、それ以外にも「ロックの学園」という音楽好きにはたまらないイベントを立ち上げ、NHKスペシャル「NEXT WORLD 私たちの未来」では、人工知能を組み込んだ最先端のWebサイトをプロデュースしている。
僕たちは今回、ひとつの意気込みをもって挑戦した結果、あたらしいメディア空間とでもいうようなものを作り出せた手応えがある。8Kも3Dも22.2chもそれぞれで伸びしろはもっともっとありそうだ。お名前を挙げた以外にも大勢の力があって、この企画は上映に無事、こぎ着けた。随分なチャレンジをしたことが、全体にいいチームワークを作っていたように思う。
いくつかの雑誌メディアが取材に来てくれたので、それぞれのセクションのチャレンジは年末か年明けには記事化されるようだ。詳細にご関心のある方はチェックしてください。僕自身も、圧倒的な情報量のオーバーフローが知覚にもたらす影響や、体験のデザイン、そしてメディア(媒介手段)について考える機会になった。
関心を持っていただいてありがとうございました。
8K×3D×22.2ch音響作品 「Aoi -碧- サカナクション」
2015年11月12日、13日 渋谷ヒカリエの特設シアターにて特別上映
企画・制作:NHKエンタープライズ・NHKメディアテクノロジー
Q&A
Q 今後どこかで再上映しますか?
上映機材を揃えることが難しく、現時点では予定はありません。
Q 8K×3D×22.2chシアターを常設している施設やスタジオはありますか?
国内外問わず、いまのところ、存在していません。今後コンテンツが増えることで整備がはじまると考えられます。
Q ほかにも同様のコンテンツが作られた例はありますか?
今回の作品が世界初のエンターテインメント・コンテンツです。
あたらしいテクノロジーが実現するメディア空間。皆さんならどんな企画アイデアを実現したいですか?
コラボにご関心のある方は、NHKエンタープライズのサイトからお問い合わせいただくか、あるいは幕張メッセInterBEEの会場でNHKメディアテクノロジー・ブースのスタッフに声を掛けてください(11月18日~20日)。
世界のどこにもない、最先端の表現の使いみちを一緒に考えませんか?
面白いお話をワクワクしながら、お待ちしています。
(グローバル事業本部 デジタル・映像イノベーション チーフ・プロデューサー 立花達史)