誰も見たことがない世界への近くて遠い旅 “ボディ・プロジェクト”制作記

ボディプロジェクト

人間の体内を精密で美しい4KCGで再現する当社の「ボディ・プロジェクト」では、これまでに7つのコンテンツが完成しました。最新の医療機器による膨大なデータをもとに、人体の営みを忠実かつ“物語性”を持ったCGで表現する工程は、科学者とクリエーターの高度な協働作業でした。遠藤ディレクターがご紹介します。


制作本部 番組開発 遠藤俊太郎(筆者)

制作本部 番組開発 遠藤俊太郎(筆者)

私たちが取り組んできた「ボディ・プロジェクト」とは、一言で言えば、人間の体内を自在に旅する映像体験のアーカイブ化です。人間の体内で起こる様々な生命現象を4Kの高精細CGで緻密かつドラマチックに再現。アーカイブ化して、放送番組はもちろん、科学博物館の展示映像や、医学生向けの教材などにも活用していただくことを目指しています。例えるならば、潜水艇に乗って体内を旅する往年のSF映画『ミクロの決死圏』の世界観を、多くの人に実体験していただける、そんなプロジェクトです。

NEPの創立30周年企画としてプロジェクトがスタートしてから、足掛け2年が経ちました。プロジェクトで作りだした人体のCGを使ったコンテンツのラインナップも充実しつつあり、番組という形で視聴者の方々にお目にかける機会も出てきました。

なぜいま、人体なのか?
実はこの10年、医療の世界では、“生命の可視化”が大きな潮流になっています。少し難しい話ですが、2008年、オワンクラゲという光るクラゲの蛍光タンパク質を発見したことで、日本人の下村侑博士がノーベル化学賞を受賞しました。ニュースでも盛んに報じられたので、まだ記憶に新しいと思います。この発見を皮切りに、蛍光物質を活用して様々な細胞を光らせて観察する技術が確立し、体内で起こる多様な出来事を可視化できるようになってきたのです。私たちの体は37兆とも60兆とも言われる細胞でできていますが、その最小単位である細胞一つひとつの活動を、なんと生きたまま、リアルタイムで観察できるようになったのです。
さらに、この発見に呼応するように、医療用カメラやレンズなどの性能も飛躍的に向上し、これまでは医者や科学者が長年の経験に基づいて頭の中で想像するしかなかったような体内で起こるドラマを、映像やデータとして捉えられるようになってきたのです。

私が『NHKスペシャル 人体ミクロの大冒険』(2014年)という科学ドキュメンタリー番組を手がけていたのは、まさにこうした革命が進行するさなかでした。取材先で次々と目にする医療の映像革命と言っても過言でないような映像やデータの数々は、医学の専門知識を持たない私でも、そのリアリティに思わずため息をつくほどでした。しかし、人体の可視化が科学者や医療機器メーカーの間では当たり前になりつつある一方で、いまなお一般の人たちの目に触れる機会はあまり多くありません。あくまで病気を治したり、研究を進めるために存在する技術だからです。テレビ番組の制作者としては、もったいない! と感じていました。この思いが、ボディ・プロジェクトのコンテンツ演出を担当した私の原動力でした。
卵子と精子の出会いが織りなす生命の誕生、毎日の食べ物が骨肉へと変わる消化と吸収の瞬間、全身に血潮を巡らせる血管の新生、人体の司令塔・脳の知られざる構造や活動――。人体の随所で起こる、こうした驚きや感動にあふれた物語を多くの人たちに見てもらいたい……。
私たちには、NHKの番組で培ったCG制作のノウハウがあります。それぞれの分野で研究を重ねる最先端の科学者たちの協力を得て、映像やデータを提供いただくことが出来れば、誰も見たことがないリアルな体内の世界を作ることが出来るのではないか……。
こうして人体を旅する映像を作るという、壮大な企画が始まったのです。

新しく生まれた血管。細胞たちが躍動する(ボディ・プロジェクトより)

新しく生まれた血管。細胞たちが躍動する(ボディ・プロジェクトより)

MRIで捉えた頭の内側をリアルにモデリング(ボディ・プロジェクトより)

MRIで捉えた頭の内側をリアルにモデリング(ボディ・プロジェクトより)

滑り出しは実に順調でした。例えば、胃が食べ物を消化する躍動的な動きをリアルタイムで可視化できるシネMRIという技術、また脳の神経細胞のネットワークを映像化できるDTI(拡張テンソル画像解析)という技術、そして蛍光染色した細胞を捉える共焦点顕微鏡の技術……。私たちの日常の営みを司り、それでいてこれまであまり実態がわかっていなかった様々な臓器の生命現象を捉えるための武器が、次々と目の前に現れました。

そこから先はCGの出番です。医療映像や計測データは極めてリアルなものですが、それだけでは専門家ならまだしも、一般の人を惹きつけることはできません。感情移入するための“物語”が足りないのです。
そこで、医療映像に基づいて臓器や細胞の形・質感を忠実にモデリングしたり、その活動を捉えた計測データをCGに変換したりして、物語性のある動きを描き、体内の世界を再現していきました。最先端の科学者と、私たち映像クリエーターの協働作業というわけです。
言葉にするのは簡単ですが、大きな壁がありました。CGという表現の最大の強みは、現実世界では絶対に撮影出来ないような映像を想像で作り出すことが出来る、つまりフィクション性にあります。裏を返せば、どんなに高精細でも、リアルには勝てない。
ボディ・プロジェクトのコンセプトは、実際のリアルな医療映像や計測データをもとにしてCGを制作することで、限りなくノンフィクションに近い臨場感ある体内の世界を作り出すことです。つまり、“フィクションでノンフィクションを描く”という、大きな矛盾があるのです。CGという表現手法とは何かを、悶々と考えさせられる時期が続きました。

試行錯誤の末に出来上がったコンテンツは、いろいろなバリエーションのある、実験的でおもしろいものになりました。
例えば、胃が食べ物を消化する動きをシネMRIで撮影した映像は、CGで胃の輪郭を再現しながらも、肝心な“動き”に関しては、医療映像をそのまま合成して見せることにしました。

シネMRIから再現した胃の消化活動。米粒の形がはっきりわかるほど鮮明に捉えられる

シネMRIから再現した胃の消化活動。米粒の形がはっきりわかるほど鮮明に捉えられる

シネMRIで捉えた胃の躍動をCGで再現

シネMRIで捉えた胃の躍動をCGで再現

一方で、栄養を吸収する場である小腸は、分子レベルでの化学構造のダイナミックな変化が醍醐味です。そこで、スケールを自在にズームアップしていけるCGの特性を最大限に生かし、腸の壁にどんどん入り込んでいく設計にしました。その代わり、じゅう毛や微じゅう毛、毛細血管など、腸の壁を構成する微細な構造まで、電子顕微鏡の映像をもとに厳密に再現し、リアリティを持たせました。実際の医療映像やデータの強みとCGの強みを融合させたのです。

小腸の壁の細胞が吸収した栄養。細胞を通して体内に入り毛細血管に注ぎ込む。その様子はまるで美しい雨のよう

小腸の壁の細胞が吸収した栄養。細胞を通して体内に入り毛細血管に注ぎ込む。その様子はまるで美しい雨のよう

制作したコンテンツは、放送番組でも活用されました。去年放送されたNHK『カラダのヒミツ~美と若さの新常識~』(2015年)です。圧倒的なリアリティをもつ体内のCG映像が好評を博し、現在はリメイク版を制作中です。3月23日(水)午後7時半から、『これがカラダの新常識~若さと美のヒミツ~』と題して放送されることになっています(NHK総合)。
まだ手をつけていない新たな臓器の制作にも着手しようとしています。新しい科学ドキュメンタリー番組の企画で採用されることを目指しています。
プロジェクトで作ったCGは、監修してくださった科学者の反応も上々、まさに今、科学博物館での展示や医学生向けの教材など、テレビ番組の枠を飛び出して展開すべく動き出しているところです。

いまやエベレストの山頂さえライブストリーミング映像で見られる時代ですが、まだまだ誰も見たことのない世界はたくさん残っています。人体とは、近くて遠い、そんな映像の地平の一つだと思います。
私たちが生きるとはどういうことか、そのことを如実に語ってくれる人体への旅は、まだ始まったばかりなのです。

(制作本部 番組開発 プロデューサー 遠藤俊太郎)


4Kで映像をご利用になりたい方は、ボディ・プロジェクト公式ホームページを通じてご連絡ください。
http://bodytokyo.jp

メイキング映像(YouTube)

http://goo.gl/IKnsPh

ボディ・プロジェクトに関する過去の記事

https://www.nhk-ep.co.jp/body-the-inside-story-2/?portfolio

『これがカラダの新常識~若さと美のヒミツ~』

3月23日(水)午後7時30分から、NHK総合テレビで放送