BSプレミアムで放送中のこの番組は、もともとはイギリスの有名番組「Undercover Boss」。そのフォーマットをもとに作るという手法で制作されています。他人の作った番組のマネ? と思うことなかれ、フォーマット制作という手法の可能性について、細田プロデューサーは気づいたと言います。
「覆面リサーチ ボス潜入」――NHK内、NEP社内の人から、「妻が食い入るように見ていたよ。そういうの珍しいよ」と言われることが多い、これまでの経験ではなかったタイプの番組です。ツイッターなどの反響も大きく、うれしいやらビックリやら……。まだシリーズの制作は続いているので気が抜けないのですが、番組を見てくださった視聴者の方々の声が何より大きな励みです。
Undercover Boss――聞いたことありますか? 民放では「こんなとんでもない番組が海外でやっている」という趣旨で紹介されたり、WOWOWでアメリカ版が放送されたりしています。イギリスのチャンネル4発で、世界およそ18か国で制作・放送され、国際エミー賞も数度受賞した人気番組。そのフォーマットをNEPで購入し、日本ローカライズ版を制作するというものです。2015年3月にパイロット版として大手ラーメンチェーンで制作・放送しまして、好評でしたので、この1月からのシリーズとなりました。
内容はー大手企業の社長や役員<ボス>が変装し偽名を使い、素性を隠して自社の現場に潜入。ラストに、ボスが現場で関わった従業員たちを本社に呼び、ボス自ら正体を明かす。彼らをねぎらったり、現場で発見した課題の解決策を提示する。……なんかとんでもない番組ですよね。まあ、壮大な社会派ドッキリという感じでしょうか。「ファクチュアル・エンターテインメント」というジャンルです。
フォーマットを購入して番組を作る「フォーマット番組」――民放では、「クイズ・ミリオネア」がイギリスから、NHKでは「連続クイズ ホールドオン!」がフランスからという実績がありますが、NHKでエンタメ番組以外では初めてです。フォーマット番組とは、ある番組のコンセプトや制作ノウハウを商品化したもので、今、世界的に注目が集まっていて活況なマーケットが展開しています。しかし、実は、私はずっとそういう世界に関心がありませんでした。恐らく、多くのNHKそしてNEPの番組制作者はそうだと思います。なぜなら、番組制作者は提案を一から自分で立ち上げたものを形にすることに、喜びを見出すからです。私が駆け出しディレクターの頃は、「提案なき者はディレクターにあらず」とよく言われました。私自身もそういう考えでやってきました。そのため、海外の番組のフォーマットを買って番組を作るという話を、NEP国際展開センターの担当者(NHK本体時代に一緒に番組を作った仲間)から聞いた当初、私自身、「邪道では?」と内心思いました。しかし、とにかく彼女が持ってきた番組をたくさん見ました。すると……なんか、あまりピンと来ません。どれも刺激的で「そんな企画ありか~!?」というほど突飛なものばかり。そして自分の中に沸き起こってくるのは、「日本では無理だなあ」という感覚でした。刺激的すぎるんです。トゥーマッチ。えげつないというか……。そんな中、アメリカ版の大手コンビニチェーンの「アンダーカバーボス」を見て、日本でもできる! と思ったのでした。それは、「ローカライズ」の可能性です。国によって、または回によって、同じフォーマットなのに印象が全然違うのです。「そうか、日本ならではの番組を作ればいいのだ!」と思ったわけです。
しかも、私はそもそも「新しいこと」に挑戦するのが好きでした。ここ数年、テレビの新しい地平を開拓したいという思いを強く持ちながら、どんな番組を作っても、いつもどこか何かに似ているものになってしまう、というジレンマを抱えていました。そんな折でしたから、これまで自分が作ったこともない番組を自分が作るんだ! ということに興奮したわけです。必死に提案を通しました。
提案が通ったところで、この番組を発案し制作しているスタジオ・ランバートのイギリス人プロデューサーによるコンサルティングを受けました。フォーマットの何を絶対守らなければいけないのか、何が自由なのか。そして、こんな壮大な仕掛けをどうやって実現するのか。彼女から教わったのは、「日本では無理」という考えがいろんなことを妨げてしまうのだということです。私があらゆることで、「日本はこうこうこういう国だから、こういうことは日本では難しいと思うのだが?」と質問をすると、ニッコリ笑って、「イギリスでも多くの経営者がそう言うわ」と。ガツンとやられました。そう、この番組を作るにあたり邪魔をするのは、自分の中にある「日本はこういう国」「番組とはこういうもの」という固定概念でした。
この番組を開発するにあたり何より感じたのは、海外の番組制作者たちの情熱の凄まじさです。視聴者を本気で驚かし喜ばすにはどうしたらいいかを、常識の枠を超えて、それこそ命がけ? で考えて実行しようとしていることです。「それは難しいだろう」と思うことを「なら、それはやめよう」ではなく、「だからいいんだ。だから誰もやらない。だからそれを実現しよう」という思考。それも徹底的に。番組づくりの効率化という言葉は彼らにはないんです。彼らが何より追及するのは、人間のリアルな気持ちや表情、その瞬間を絶対に撮り逃さないこと。そのために、いろいろな工夫や演出が考え出されたわけです。「その瞬間」は、やり直し・撮り直しができない、その表情や気持ちは演技ではダメ、「その瞬間」を撮ることこそテレビだと。またガツンとやられました。かつて、「テレビは生だ」という先人の言葉がありましたが、そんなテレビの原点を、海外の番組制作者から改めて教わったわけです。
私は、NHKに入局してディレクター、プロデューサーとして25年以上やってきて、おととし、NEPに異動してきました。もうすぐ50歳にもなろうというこの年で、テレビの可能性・テレビの醍醐味を心から実感することができるのは、本当に幸せだと思います。告白シーンのロケで、従業員の人たちのあふれる感情をそばで見ていると、こちらまで涙があふれてきます。泣きながらロケをする――毎回そんな経験をする自分を幸せだなあと感じます。番組づくりは苦難の連続です。でも、その瞬間のためにやっている……そう思える番組です。
(制作本部 情報文化番組 エグゼクティブ・プロデューサー 細田美和子)
覆面リサーチ ボス潜入
NHK BSプレミアム
毎週木曜 午後9:00~10:00
毎週土曜 午後6:00~7:00(再)
http://www4.nhk.or.jp/P3531/
第4回「ブライダル会社」 1月28日(木)放送予定
第5回「食品会社」 2月4日(木)放送予定
第6回「シネコン会社」2月11日(木)放送予定