NHKスペシャルの大型シリーズ「新・映像の世紀」では、第3集と第6集の制作をNEPが担当しています。第3集のディレクターを務めたのは、NEP情報文化番組の伊川義和。世界中から集められた2,000本もの映像から彼がファーストカットに選んだ映像は? 制作の舞台裏をご紹介します。
NHKスペシャル「新・映像の世紀」第3集では、第二次世界大戦の時代を扱います。主人公は、ヒトラーという独裁者を作り出してしまった人々です。ヒトラーは民主主義のルールをおかすことなく合法的に独裁者に選ばれました。実はヒトラーを支持していたのは、ドイツ国民だけではありません。世界の多くの人々や企業もまた、ヒトラーを支持していたのです。そうした学校ではあまり教わらない歴史を“当時の映像”によって描くのがこの番組、第3集「時代は独裁者を求めた」です。
今年9月に行われた「新・映像の世紀」の記者発表では、ヒトラーの愛人エヴァ・ブラウンのプライベート映像に注目が集まりました。そこで、今回はこの映像を具体例に、20年前に放送された「映像の世紀」と比較しながら、私たちがどのように番組を制作しているのかお話しします。
番組の構成を考えるのはプロデューサーとディレクターですが、映像を探す上で重要な役割を担うのは世界各国のリサーチャーです。番組制作を開始した当初、ドイツ在住のリサーチャーから、ある新設アーカイブの情報が送られて来ました。小さなアーカイブなのですが、所蔵されている1,000本以上の映像をインターネット上で視聴できます。まず、私はドイツ語の映像リストを元に、東京からオンラインでそのアーカイブの映像を視聴しました。インターネット技術の発達は、20年前の「映像の世紀」からの大きな変化です。こうした技術的進化の恩恵もあり、新シリーズは旧シリーズの半分以下の期間で制作されています。
エヴァのプライベート映像に出会ったのは、このオンライン視聴の時でした。この映像は部分的には世界各国のアーカイブに所蔵されているのは知っていました。しかし、それらの映像が数十分の短いものであるのに対し、このアーカイブのプライベート映像は4時間以上もあり、様々な表情のヒトラーの姿が映されていました。こういう発見の瞬間が、ディレクターという仕事をしていて最も嬉しい時です。
さらに、エヴァ関連の資料を集めて読み進めると、エヴァの遺品は終戦直後にすべてアメリカ軍に没収され、ワシントンDCに送られたことを知りました。そこで、アメリカ在住のリサーチャーにアメリカ国立公文書館で探してもらうと、オリジナルに近いフィルムが良好な状態で保管されていることが分かりました。すぐにこのフィルムを、ハイビジョン画質でデジタル化してもらいました。実は、当時のフィルムはビデオテープなどよりもずっと高画質なのです。「新・映像の世紀」では、アーカイブにあるフィルムを可能な限りハイビジョン画質でデジタル化しています。この点も、テレビがまだアナログだった20年前とは大きく違います。
デジタル化された映像は、国際便でNHKに送られて来ます。第3集で集まった映像だけでも2,000本以上になります。この膨大な映像は、番組独自に開発した映像サーバーにすべて蓄積され、編集管理専門のベテランスタッフによってデータ化されます。さらに、大勢のスタッフが、英語・フランス語・ドイツ語などのキャプションを日本語に訳して入力します。この映像管理システムは、キーワードによる映像検索が可能で、局内オンラインでの視聴も出来ます。これも、20年前からの大きな進化です。
こうして集められた映像を、キャプションを参照しながら編集マンと一緒にラッシュ(試写)します。通常の番組であれば映像素材は数十本程度なのですが、「新・映像の世紀」では、その十倍以上の映像を見る訳です。そして、ラッシュが終わると、やっと編集の開始です。エヴァのプライベート映像は、初めて見た時から、番組冒頭に使いたいと考えていました。
ミュンヘン近郊の山荘で子供を可愛がるヒトラー、そこに独裁者の険しい表情はありません。ヒトラーの横には、ふざけて彼の真似をするエヴァの姿。のどかで幸せに満ちた映像。ヒトラーは戦争が始まってからも、エヴァが暮らすこの山荘に何度も通いました。多くのドイツ兵が戦場で命を落とし、罪のないユダヤ人が強制収容所に送られている時も、この山荘には平和な時間が流れていました。 ……こんなワンシーンから番組は始まります。
このように、多くの制作スタッフによって映像が収集・管理されて、「新・映像の世紀」は制作されています。幸いにも、エヴァのプライベート映像は、アメリカ国立公文書館所蔵のパブリックドメイン、つまり、自由に放送に使えるものでした。しかし、パブリックドメインの映像はごく一部で、多くのアーカイブ映像には著作権が残っています。こうした映像は、NEPのライツ事業チームが各国のアーカイブと交渉して権利クリアを行います。第3集だけで1,000カット以上もあります。これらをワンカットずつ権利クリアするのは、とても気の遠くなる作業です。ライツ事業チームの力なしでは番組は成立しません(10月16日の記事をご覧ください)。
この番組の制作を通して改めて感じたのは、“映像には百の言葉を越える力がある”ということです。そして、過去の映像には現在に通じる普遍的なテーマが横たわっています。ヒトラーの時代に起きたことは、私たちが暮らす現代に起きてもおかしくないことなのです。今回の番組のラストシーンは、心を揺さぶられる衝撃的な映像によって締めくくられます。ぜひ、放送をご覧いただけると幸いです。
(制作本部 情報文化番組 エグゼクティブ・プロデューサー 伊川義和)
NHKスペシャル「新・映像の世紀」 第3集 時代は独裁者を求めた
12月20日(日)午後9:00からNHK総合テレビで放送
番組ホームページ